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高知地方裁判所 昭和56年(ワ)107号 判決

原告 甲野花子

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 山原和生

被告 高知県

右代表者知事 中内力

右訴訟代理人弁護士 中平博

右指定代理人 山本文雄

〈ほか五名〉

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、それぞれ金一八三二万一四一二円及び内金一六六二万一四一二円に対する昭和五六年三月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者の地位

(一) 被告は、地方公共団体であって、警察法三六条一項に基づき高知県警察を置き、同法五三条、高知県警察の設置及び定員に関する条例一一条により、高知県高知警察署(以下「高知署」という。)等を設置し、警察事務を行っているものである。

(二) 原告甲野花子は、亡甲野太郎(以下「亡太郎」という。)の妻であり、その余の原告らは、いずれも亡太郎の子である。

2  本件事故の発生及び亡太郎の死因

亡太郎は、昭和五五年九月一六日午後一一時四七分、高知署において、同署警察官により、警察官職務執行法(以下「警職法」という。)三条一項一号の要件に該当する泥酔者として、同規定に基づき保護され、同署二号保護室に収容された。ところが、同署警察官が、翌一七日午前〇時五〇分、右保護室の巡回監視を行ったところ、亡太郎の様子がおかしいことに気付き、同人を近森病院に収容したが、同人は既に死亡していた。

近森病院医師田村精平は、同日付死体検案書において、亡太郎は「高知署保護室内で泥酔状態にて自分の下着を首に巻きつけ倒れていた。」とし、傷害の発生は同日午前〇時三〇分頃で、同日午前〇時五〇分頃、直接死因急性心不全にて死亡したものとしている。ところが、その後の司法解剖の結果、亡太郎の死因は、頸部圧迫による窒息死とされ、他に死因とは直接関係のない外傷のあることも判明した。

3  被告の責任

(一) 国家賠償法一条一項の責任

(1) 本件は、警職法三条一項一号に基づく保護という公権力の行使にあたった高知署警察官平山彰祐巡査部長(以下「平山巡査部長」という。)が、その職務として、保護室の監視等を含む留置場の看守勤務を行うについて、亡太郎の死亡という結果を生じさせたものである。

(2) 警職法三条一項一号に基づく保護は、「自己又は他人の生命、身体又は財産に危害を及ぼすおそれ」を除去するため、強制力を用いて行われるものである。ところが、本件においては、亡太郎の保護にあたった平山巡査部長は、右保護目的に反し、収容後わずか一時間も経過しないうちに、亡太郎を死亡するに至らしめたものである。しかも、本件においては、亡太郎が収容されてから死亡するまでの経過の解明について、原告らは独自の証拠方法を有せず、すべて被告側提出の証拠資料によらざるを得ないのである。

以上のような事情のもとでは、亡太郎の死亡という結果が生じている以上、衡平の見地からして、平山巡査部長に亡太郎に対する保護を尽さなかった過失があったものと一応の推定をするのが相当である。

(3) 亡太郎の死の態様は、不明であるけれども、仮に自殺(自絞死)を想定したとしても、同人の保護にあたった平山巡査部長には、以下に述べるような過失がある。

すなわち、およそ警職法三条一項一号に基づく保護は、前記のような保護目的を達成するために被保護者を強制的に収容して行うものであるから、保護にあたる警察官としては、右保護目的を達成するために有効適切な措置をとるべき高度の注意義務を負っているというべきである。高知県警察保護取扱規程(以下「保護規程」という。)一一条は、「警察官は、保護に当たっては、被保護者が負傷、自殺、火災その他自己もしくは他人の生命、身体または財産に危害を及ぼす事故を起こさないように注意しなければならない。」旨定めているが、この規定は、まさに右の注意義務の存在を明らかにしているものである。

これを本件に即して敷衍すれば、亡太郎を保護室に収容したことによって、他人の生命、身体又は財産に対する危害のおそれはなくなるけれども、自己の生命又は身体に対する危害のおそれは、保護室への収容のみによっては除去されないから、収容後の保護にあたる警察官は、右危害を防止するために必要な監視を行わなければならないところ、保護室内での事故として最も可能性の高い自殺その他の自傷行為を想定した場合、亡太郎は泥酔者であったのであるから、その言動等から安易にそのおそれはないものと速断してはならず、自殺その他の自傷行為に出るおそれは常にあるものと考え、常時保護室内を監視し、亡太郎が自己に危害を及ぼす挙動に出たときには、これを制止させる措置をとる義務があったのである。

仮に、常時保護室内を監視する義務はないとしても、被保護者の死亡という結果だけは絶対に回避しなければならないところ、自殺その他の自傷行為に着手してから死に至るまでの時間は、最も短い窒息死でさえも五、六分は必要とするのであるから、収容後の保護にあたった警察官としては、右時間が経過しない間隔で、すなわち約四分ごとに保護室を巡回監視する義務があったのである。

(4) しかるに、昭和五五年九月一六日午後一一時五〇分頃に亡太郎が二号保護室内に収容された後、同人の保護にあたった平山巡査部長は、翌一七日午前〇時五〇分の巡回監視時に初めて同人の異常に気付くまでの間、右注意義務に反して、同日午前〇時五分、午前〇時二〇分、午前〇時三五分の三回にわたり一五分間隔でしか巡回監視を行わなかったため、保護室内での不審事の発見が遅れ、亡太郎を死亡するに至らしめたものであり、平山巡査部長には明らかに過失がある。

(5) したがって、被告は、国家賠償法一条一項に基づき、亡太郎の死亡によって生じた損害を賠償する責任がある。

(二) 国家賠償法二条一項の責任

(1) 本件保護室は、警職法三条一項一号に基づく保護等の公の目的に供用される物的設備であって、国家賠償法二条一項の「公の営造物」に該当する。

(2) 本件は、「公の営造物」たる保護室内において亡太郎が死亡した事案であるから、そのことから直ちに、保護室の設置又は管理に瑕疵があったものと、一応の推定をするのが相当である。

(3) 仮に、右主張が認められないとしても、保護室は、警職法三条一項一号に基づく保護のために被保護者を収容すべく設置された施設であるから、前記保護目的を達成するために有効適切な措置をとりうる性状を備えていなければならない。すなわち、被保護者が自殺その他の自傷行為に利用できる設備があってはならないし、被保護者の室内での動静が十分に監視できて、被保護者の不審な挙動を速やかに発見、制止できる形状でなければならない。そうでなければ、保護室として通常有すべき安全性を具備しているとはいえないのである。

(4) ところが、高知署の保護室は、看守者席からは、壁及び扉によってしゃ断されており、その内部の模様が見えないばかりでなく、被保護者の発する物音すらも聞こえない構造となっていた。そのため、保護室天井にはモニターテレビのカメラが設置され、看守者席において、テレビ受像機を通して保護室内の模様が適宜掌握できる措置がとられていた。このようにモニターテレビが正常に機能している状態にあって初めて、保護室としての安全性を備えているものといえるところ、本件事故当時は、テレビ受橡機が故障のため修理中であって、モニターテレビが全く機能していない状態であったから、保護室としての安全性を欠いていたものであり、その設置又は管理に瑕疵があったことは明らかである。

(5) 本件事故当時、モニターテレビが正常に機能しておれば、亡太郎の死亡を防止できたであろうことは疑いない。すなわち、当時、同人のほかに収容されていた被保護者一名は、一号保護室でおとなしく眠っていたというのであるから、これを殊更監視する必要はなく、亡太郎が収容されていた二号保護室の模様が映るようにテレビ受像機を調整しておけば、高知署警察官は、看守者席において、右受像機を見ることによって同人の挙動を察知でき、これを制止できていたはずである。

(6) したがって、被告は、国家賠償法二条一項に基づき、亡太郎の死亡によって生じた損害を賠償する責任がある。

4  原告らの損害

(一) 亡太郎の逸失利益

亡太郎は、死亡当時四七歳の成年男子であったから、六七歳までの二〇年間は稼働しえたものであり、その期間中、同年令の男子平均賃金一か月金三一万一〇〇〇円(財団法人日弁連交通事故センター「交通事故損害額算定基準七訂版」)の収入を得たものと推定される。したがって、右期間を通じて控除すべき生活費を三割とし、中間利息の控除につきホフマン式計算法を用いて死亡時における逸失利益を算定すれば、次の計算式により、金三四二六万四二三八円となる。

311,000×12×0.7×13.116=34,264,238

原告らは、亡太郎の妻又は子として、法定相続分に従いそれぞれその三分の一にあたる金一一四二万一四一二円宛て相続した。

(二) 慰謝料

亡太郎の年令、社会的地位、家族構成及び死亡に至る経過等を考慮すると、同人に対する慰謝料は金一五〇〇万円をもって相当とする。

原告らは、亡太郎の妻又は子として、法定相続分に従いそれぞれその三分の一にあたる金五〇〇万円宛て相続した。

(三) 葬儀費用

亡太郎の葬儀には金六〇万円を要し、これを原告らが各金二〇万円宛て負担した。

(四) 弁護士費用

原告らは、本訴の提起、追行を弁護士である原告ら訴訟代理人に委任し、その手数料及び謝金を高知弁護士会報酬規定により支払う旨約したが、これは合計金五一〇万円をもって相当とするところ、これも本件事故と相当因果関係を有する損害である。原告らは、それぞれ右金員の三分の一の金一七〇万円の支払義務を負担している。

5  結論

よって、原告らは、国家賠償法一条一項又は二条一項に基づく損害賠償として、被告に対し、それぞれ金一八三二万一四一二円及びこれから右弁護士費用を控除した一六六二万一四一二円に対する本訴状送達の日の翌日である昭和五六年三月二一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、(一)は認めるが、(二)は不知。

2  同2の事実は認める。

3  同3(一)について

(1)の事実は認める。(2)の主張は争う。(3)のうち、保護規程一一条の規定内容は認めるが、その余の主張は争う。(4)の事実のうち、平山巡査部長による巡回監視の経過は認めるが、その余の事実は否認する。(5)の主張は争う。

4  同3(二)について

(1)の事実は認める。(2)及び(3)の主張は争う。(4)の事実のうち、保護室が看守者席から見通せない位置にあったこと、モニターテレビの設置状況、本件事故当時、テレビ受像機が故障のため修理中であったことは認めるが、その余の事実は否認する。(5)の事実は否認する。(6)の主張は争う。

5  同4について

(一)の事実は否認する。亡太郎は、過去に脳内出血により手術を受け、脳神経障害を有していたから、通常人の平均賃金を得ることは不可能であった。(二)の事実は否認する。(三)及び(四)の事実は不知。

三  被告の主張

1  過失の不存在について

(一) 留置場の監視については、高知県警察被疑者留置規程(昭和五三年警察本部訓令第一号、以下「留置規程」という。)二七条が「一時間四回以上巡回するものとする。」と定めており、高知署においては、右規定に基づき一五分ごとに留置場内を巡回監視していた。そして、留置場内に設置された保護室の被保護者に対しても、右規定を準用し、留置場の被疑者に対すると同様に一五分ごとに巡回監視をしていたものである。

(二) 被疑者と被保護者を比較した場合、被疑者にあっては、逮捕取調べ等に伴うショック、社会的・個人的立場をおもんぱかっての苦悩、絶望等のため留置場において自殺を図るケースは多く見受けられ、被疑者に対する留置自体が、自殺のおそれがあることを理由として行われることからみても、自殺等の事故発生の危険性は当然に高い確率を有するものといえるのに対し、被保護者中の泥酔者は、フルコールの影響により正常な意思、判断能力を欠き、自傷他害のおそれがあるものといえるが、自傷他害のほとんどは、転倒、転落、走行車両等による受傷、第三者に対する加害行為等であって、保護室への収容によって直ちに防止できる性質のものであり、また、泥酔者の自殺事例は、過去高知県下においては一件もなく、全国的にみても、昭和五一年から昭和五五年までの五年間に泥酔者又は酩酊者として保護された者の総数六五万七三八一名中、自殺者は本件の亡太郎を含めてわずか三名にすぎないものであって、泥酔者又は酩酊者の自殺がいかに稀有の出来事に属するかがわかるのである。

このように被保護者においては、被疑者と比べて自殺の危険性は極めて少ないのであるから、被疑者に対すると同様の巡回監視を行えば、その安全は十分に確保されるのである。

(三) また、被保護者の場合、保護規程二条により「警察官は、保護に当たっては、個人の基本的人権を侵害することのないよう細心の注意を払わなければならない。」とされているため、常時監視することはできないのである。

(四) したがって、被保護者の保護にあたる警察官としては、自殺等を図る危険性が具体的に認められるなど被保護者に対する監視を強化すべき特別の事情のない限り、一五分ごとに保護室を巡回監視し、被保護者が自己に危害を及ぼす挙動に出たときには、これを制止させる措置をとれば足り、これによって、被保護者の安全保護に対する注意義務は尽されるものというべきである。

なお、原告らは、保護規程一一条の規定をもって被保護者に対する常時監視の義務を定めたことの根拠とするけれども、被保護者に対する保護監視義務は警職法三条の規定による公権力行使によって生ずるものであり、右保護規程一一条は、右の保護監視義務を尽すべきことについての訓示規定にすぎないから、この規定から直ちに常時監視義務が導かれることはない。

(五) しかして、本件においては、監視を強化すべき特別の事情は認められなかったのである。

すなわち、亡太郎は、高知署に来てから保護室に収容されるまでの間、署内から自宅の妻に電話をかけて警察にいることを告知したり、「五年でも一〇年でも泊ってゆく。」といって自ら保護室へ入るなどして保護を求める態度を示したりしていたものであって、もとよりかなりの泥酔状態にはあったものの、自殺の動機原因をほのめかす徴候は全く認められなかった。

また、保護室へ入室してからも、亡太郎は一時的には大声を上げたり、入口のドアを蹴るなどの乱暴な言動をしていたものの、それも約一〇分で収まり、九月一七日午前〇時五分頃の第一回巡回監視時には、既に、室内中央付近でズボンと下着のシャツを着用のまま横向きで寝ていた。その後、同日午前〇時二〇分頃の第二回巡回監視時にも、右と同様の状態であり、同日午前〇時三五分頃の第三回巡回監視時には、ズボンは着用のままであったが、下着のシャツを脱ぎ、上半身裸のままで、室内中央部やや西寄りで上を向いて大の字となって寝ていたものである。このように、入室後の言動も、自殺を危惧すべき事情は全くなかったのである。

もっとも、亡太郎の死亡後に判明したところによると、同人は、昭和五一年一月に脳内出血により手術を受けており、その後遺症として、医師の質問を理解できなかったり、あるいは自己の言葉の意味さえもわからない状態が認められた。そして、このような身体障害を有する者については、一般的には、アルコールに対する抵抗力が低下しているためアルコールに酔い易い状態にあり、これを過度に摂取すると病苦等から発作的に自殺行為に出る可能性があるとされている。しかしながら、本件事故当時、高知署警察官において、亡太郎が右のような身体的状況にあることは知る由もなかったのである。

結局のところ、その当時、亡太郎が自殺念慮ないし自殺企図を有し、又はその危険性があることを事前に予知、予測することは、到底不可能であったといわなければならない。

(六) 亡太郎が保護室に収容されて以後、その保護にあたっていた平山巡査部長は、昭和五五年九月一六日午前〇時五〇分頃に亡太郎の異常に気付くまで、一五分ごとに保護室の巡回監視を励行し、異常のないことを確認していたのであるから、保護にあたる警察官として要求される前記注意義務を尽くしたものというべきであって、何の過失もない。

2  瑕疵の不存在について

(一) 「公の営造物」の設置又は管理に瑕疵があったかどうか、換言すれば、それが通常有すべき安全性を欠いていたかどうかについては、その営造物の性格、目的、用途等に照らして合目的的に判断しなければならない。したがって、瑕疵の判断は、事案に即し具体的に当該営造物の使用方法及び事故の態様との関連において総合的に判断すべきものである。

すなわち、営造物の設置管理につき危険防止のためいかなる設備等をなすべきかについては、およそ想像し得るあらゆる危険の発生を防止し得べきことを基準として抽象的画一的に決すべきではなく、法令に規定ある場合にこれに準拠すべきは別として、一般的には当該営造物の構造、用途、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮の上で具体的に通常予想される危険の発生を防止するに足ると認められる程度のものを必要とし、かつ、これをもって足るものというべきである。

(二) 本件保護室は、留置場内に設けられたものであるが、看守者席からは直接見え難い位置関係にある。その構造は、面積四・四一平方メートルで前面部を鉄格子とし、その内側に金網を張り、壁面はユータックでおおい、床は板張りとなっている。

このような本件保護室は、被保護者を収容して保護する施設として、通常予想される危険の発生を防止するに足るものと認められる。すなわち、前記のとおり、被保護者中の泥酔者が自殺を企図することは通常予想されないところであり、また、過去における保護取扱いの実態から保護室内で予想されるところの、壁面、鉄格子への身体の打当て、又は足蹴り等による自傷行為を防止するには、被保護者に対する身体検査の徹底、所定の巡回監視措置が適正に行われる限り、保護室自体は右の構造で十分であると認められるところ、高知署においては、被保護者の収容にあたり徹底した身体検査が行われ、巡回監視も一五分ごとに励行されているから、かかる状況下においては、本件保護室によっても、通常予想される危険性は十分に防止されるものというべきである。

(三) ところで、本件保護室については、原告ら主張のとおりモニターテレビの装置が設置されていたが、これは、被保護者に対する巡回監視の補助的手段にすぎないものである。

すなわち、高知県下の一六の警察署中、保護室にモニターテレビを設置しているのは高知署のみである。これは、特別に設置の義務を課せられたわけではないけれども、保護室が看守者席より直接見え難い場所にあるため、刑事事件多発の際などに保護室の監視が行き届かないことがあってはならないことを考慮して、巡回監視の補助的手段として設置されたものである。また、右モニターテレビ装置は、看守者のスイッチの操作によって看守者席のテレビ受像機に映像が出る仕組みとなっているが、これにより、保護室内の大体の模様は知ることができても、被保護者の細部にわたる状況(例えば、負傷の程度、出血の程度等)を確認することはできないものであって、このような装置の性能も、補助的手段としての性格を物語っている。

以上のようにモニターテレビ装置は補助的手段にすぎず、監視の原則はあくまでも巡回監視であった。したがって、本件事故当時、前記のとおり一五分ごとに巡回監視を実施していたものである以上、そもそもモニターテレビ装置が設置されてなくても、あるいは、設置されたモニターテレビが故障して機能していなかったとしても監視態勢に欠けるところはないから、本件保護室が通常有すべき安全性を欠いていたということはできないのである。

(四) 以上のとおり、本件保護室の設置又は管理には瑕疵はなく、亡太郎の死亡は予想外の事故といわなければならない。

第三証拠《省略》

理由

一  当事者の地位

請求原因1・(一)の事実は、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、同1・(二)の事実が認められる。

二  本件事故の発生及び亡太郎の死因

請求原因2の事実は、当事者間に争いがない。

三  本件事故の発生に至る経過

右二の事実に、《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

1  亡太郎が高知署へ来るまでの状況

亡太郎は、昭和五五年九月一六日午後一一時すぎ頃、酒に酔った状態で高知市相生町の通りを歩いていたところ、折りから通り合わせた戸梶博正(以下「戸梶運転手」という。)運転のタクシーを認めてこれに乗車した。戸梶運転手は、亡太郎の指示に従って高知市宝永町の飲食店「浜作」まで運行したが、同店は閉まっていたため亡太郎が「起きんか。一杯飲ませや。」などと何度も大声を張り上げながら表戸を叩くなどしたものの人の居る様子はなかったので、亡太郎もようやくあきらめ、再び右タクシーに乗車し、戸梶運転手に「駅前の方へ行け。」と指示した。これに対し、戸梶運転手が行き先について更に具体的な指示を求めたが、亡太郎は「おぬしゃ、高知の駅を知らんか。」などと返答したので、戸梶運転手は、やむなく国鉄高知駅に向けて走行していたところ、その途中で亡太郎が突然「わしゃ銭がないから警察へ連れて行けや。」といい出したため、困惑しながらも警察で処理してもらうべく高知駅近くの高知署に赴いた。

2  高知署一階事務室前の状況

右タクシーは、同日午後一一時三〇分頃、高知署に到着した。タクシーから降りた亡太郎は、前後左右にふらつきながら正面玄関を入り、一階事務室前のカウンター前へ進み、肘をついてカウンターに寄りかかった。同人は、半そでシャツ及びズボンを着用していたが、半そでシャツのボタンを全部はずしてそのすそをズボンから外に出し、ズボンの前チャックも開けたままで、顔は赤く、眼は充血しており、一見して酒に酔っていると認められる状態であった。

同人に続いて戸梶運転手が入室し、一階事務室で当直勤務にあたっていた警部補原敬及び巡査部長前田義房の両名に対し、亡太郎を指して、「運転手ですが、この人が金はないというし、行き先もいってくれん。走り回ると料金が上がるので連れて来ました。」と申し立てた。そこで、右警察官両名が、亡太郎に対し、住所、氏名、行き先等を繰り返し尋ねたが、同人は、右質問には全く答えず、舌のもつれた状態で「前に警察へ来たとき、あっちの窓口へ行け、そこへ行けばまたあっちの窓口へ行けというし、警察はどうなっちょらあ、人をどう思うちょら。」などとわめくだけであった。そのうち、亡太郎は、カウンター上の公衆電話を取ってどこか(事後、自宅であることが判明)へ電話をかけ、「もっと太い声でいえ。警察におらぁや。」などと話していたので、右前田巡査部長が、通話先が自宅であれば電話を交代して家族の者に連絡しようと考えて亡太郎に近寄ると、同人は直ちに受話器をおろして電話を切った。続いて、前田巡査部長が「運転手さんが困っているから、行き先をはっきりして乗るか、もう降りるか、はっきりしてやりなさい。お金は持っていますか。」などと尋ねると、亡太郎は、「金は持っておらぁや。」と怒鳴りながらズボンのポケットから百円硬貨一枚を取り出してカウンターの上に叩きつけた。そして、同人は、「電話賃がない。」といって前田巡査部長から十円硬貨一枚をもらい、再びどこかへ電話をかけていたが、前田巡査部長が通話先はどこかと尋ねたところ、「一一〇番へしよらあ。」と答えたので、前田巡査部長が「酔狂したらいかん。」と注意しながら受話器を取り上げて電話を切った。

他方、戸梶運転手も、「九六〇円じゃけに払ってや、仕事にならんけに。」と運賃を請求し、右警察官両名も、運賃を支払うように亡太郎を何度も説得したけれども、同人は、「金はない。おらが行けいうに行かんきに金は払わん。」などといってこれに応ずる様子を見せなかった。

以上のとおり、亡太郎は、住所、氏名等を答えず、タクシー料金の支払意思も認められなかったので、いわゆる無賃乗車であって刑事事件として処理する必要性も考慮し、一階事務室にいた総括当直責任者警務課長警部山本宣雄の指示により同日午後一一時四〇分頃、前田巡査部長が、亡太郎及び戸梶運転手を伴って二階刑事第一課室に行き、刑事当直警察官に引き継いだ。

3  高知署刑事第一課室における状況

右引継ぎを受けた刑事当直(責任者警部補上田博彦)の巡査部長藤川隆紹及び巡査窪田廣平は、亡太郎を椅子に座らせて事情を聴取し始めたが、同人は、前後左右にふらつき、時に立ち上っては転倒しそうになるなどの状態であり、また、同人の服装は前記のとおり乱れており、窪田巡査がズボンの前チャックが開いていることを指摘するも、自分でチャックを閉めることができず、窪田巡査に手伝ってもらってようやく閉めることができる有様であった。そして、事情聴取に対しては、名前については「コウノタロウ」と答えたものの、住所については「越知町横畠」といったり、「朝倉丙」といったりして明確に返答せず、「家を教えたら女房に連絡するろうが。おらが泊ったらええろうが。金がないけに払えん。」などと大声でわめいたほか、意味のわからないことを繰り返していた。なお、亡太郎から「朝倉丙」という地名が出たので、刑事第一課では早速朝倉派出所に連絡をとったが、折あしく同所の警察官が外出していたため同人の住所を確認することができなかった。また、本件事故後、亡太郎が昭和五一年以降本件事故当日まで合計一五回にわたり、警職法三条一項一号等に基づき高知署で保護された経歴を有していたことが判明したが、本件事故当日、高知署の勤務にあたっていた警察官で、亡太郎を知る者はひとりもいなかった。

他方、右窪田巡査は戸梶運転手からも事情聴取をしたが、同人は、亡太郎の無賃乗車については、刑事事件として処理することを望まず、「住所氏名がわかれば集金に行きますので、よろしく頼みます。」といい残してまもなく高知署を退去した。

以上のような状況を、刑事第一課室においてつぶさに現認していた刑事当直責任者の警部補上田博彦は、亡太郎につき泥酔のため保護の必要があると考え、前記山本警部に刑事第一課室内における取扱いの概要を報告し、保護についての伺いを立てた。これを受けた山本警部は、自らも一階事務室における亡太郎の様子を現認していたので、上田警部補からの報告を総合勘案した結果、亡太郎は泥酔状態にあり、このまま放置すれば自己の生命、身体若しくは財産又は他人の生命、身体若しくは財産に危害を及ぼすおそれがあるため、応急の救護を要し、かつ、住所が不明で家族の身柄引受けも期待できない状況であったため、高知署保護室への保護もやむを得ないと判断し、警職法三条一項一号を適用して保護することとし、同日午後一一時四七分頃、その旨上田警部補に指示した。

これに基づき保護の手続が開始され、まず刑事第一課室において所持品検査が実施された。前記藤川巡査部長ら数名の警察官による検査の結果、結局のところ、現金六一二〇円、腕時計、ライター、タバコ、めがね等が領置されたが、亡太郎のズボンの後ポケットから現金が出てきた時には、同人は「その金は払えんのじゃ。」といってみたり、また、警察官がめがねをはずそうとするや、自らが先につかみ取ろうとしてめがねを床に落とすなどした。所持品検査を終えた後、藤川巡査部長が保護する旨を伝えたところ、亡太郎は「五年でも一〇年でもおらぁや。」などといいながら刑事第一課室を出、藤川巡査部長及び長尾実巡査部長に支えられながら歩いて保護室へと赴いた。

4  保護室の位置構造

保護室は、高知署庁舎二階南東部の留置場内に設けられており、保護室を含めた留置場内の状況は別紙図面表示のとおりである。

すなわち、留置場は、奥行き三一・五メートル、間口一二・六メートルで南北に長く、入口は東北部にあり、入口を入って右手に東から順次、接見室、身体捜検室、一号保護室、二号保護室及び三号保護室が設置されている。看守者席は、留置場中央部の東寄りに置かれ、それを中心として扇状に留置室が一二室あり、そのうち一〇室については、各留置室の前面部が看守者の視野に入るようになっているが、保護室は、いずれも留置室や保護室南側の壁にさえぎられて看守者席から見通すことのできない構造となっている(保護室が看守者席から見通すことのできない構造となっていることは、当事者間に争いがない。)。保護室の一室の面積は四平方メートル余で、前面部が鉄格子となって内側に金網が張られ、壁面は緩衝材でおおわれ、床は板張りとなっている。もっとも、保護室の右奥隅には便器が設置されており、その周辺の壁面部及び床はモルタル塗の状態となっている。

そして、保護室については、昭和五〇年頃からモニターテレビの装置が備わっていた。看守者席に白黒のテレビ受像機(画面サイズ横一八センチメートル、縦一三・五センチメートル)が置かれ、各保護室の天井に設けられたテレビカメラを通して内部の様子を見ることができるようになっていた。もっとも、テレビ受像機は一台であったため、保護室三室の様子がすべて同時に映し出されるというものではなく、テレビ受像機上のボタン操作によって適宜保護室内の様子を見ることができるというものであった。ところが、昭和五五年八月末頃から右テレビ受像機の映りが次第に薄くなって修理の必要が生じ、同年九月八日にテレビ受像機を修理に出したため、本件事故当時は、右テレビ装置は機能していなかった(保護室についてモニターテレビが設置されていたこと及び本件事故当時テレビ受像機が修理中であったことは、当事者間に争いがない。)。

5  入室時の状況

留置場で看守勤務にあたっていた平山巡査部長は、まず亡太郎を身体捜検室に入れ、同行の藤川巡査部長らとともに所持品の検査を実施した。既に所持品は領置されていたので、格別保護に支障を来たす物件は見あたらなかったが、亡太郎は、同室内で意味不明のことを大声でわめきながら床の上に座り込んだので、平山巡査部長が亡太郎の左腕を、藤川巡査部長が右腕を持って身体を起こし、身体を支えながら身体捜検室を出て、保護室前の廊下を通って二号保護室(当時、一号保護室には、泥酔者として保護された者が収容されており、三号保護室は空室であった。)に入室させようとしたところ、亡太郎は、「入るきに、水を飲ましや。」といいながら、右警察官らの手を振り払って保護室前廊下の水道のコックを自分でひねって相当量の水を飲んだ後、同日午後一一時五〇分頃、自ら二号保護室に入った。

ところが、亡太郎は、土足で入室したため、平山巡査部長らが履物(つっかけ草履)を室外へ出すように再三いったが、これを無視して大声をあげながら室内を歩き回っていたので、藤川巡査部長が履物を脱がせるべく室内に入ると、室内中央付近に足を投げ出して座り込み、藤川巡査部長に対し、片足をあげて蹴る構えを示し、同人のズボンのすそを両手でつかんだうえ、足首へかみつくような素振りを見せたため、藤川巡査部長が亡太郎の頭を押さえてかみつかれないようにするや、今度は足をばたつかせて藤川巡査部長を蹴ろうとした。そこで、直ちに平山、長尾両巡査部長が入室し、長尾が亡太郎の足を押え、平山が藤川巡査部長のズボンにかかっている指を取り除くとともに、長尾が履物を室外へ蹴り出した直後に、右三名の警察官が一斉に保護室を出て、施錠をして収容を終えた。

その後、亡太郎は、すぐに起き上がって、大声でわめきながらドア付近を両手で押したり、足で蹴ったりしていたが、警察官らはその場を離れ、藤川、長尾両巡査部長が留置場から退出し、平山巡査部長が看守者席に帰ると、一〇分ぐらいして静かになった。

6  巡回監視の状況

高知県下の警察署においては、保護室はすべて留置場のなかに併置されている。留置場の監視については、留置規程二七条で「一時間四回以上巡回するものとする。」と規定されており、これに基づき一五分ごとに巡回監視が行われている。これに対し、警職法三条一項一号に基づく保護等の手続、方法等に関し、必要な事項を定めた保護規程には、保護者に対する巡回監視に関する定めがなく、留置規程二七条の準用により、保護者に対しても一五分ごとの巡回監視が行われている。

本件においても、右のような内規に基づき一五分ごとに巡回監視が実施された。平山巡査部長は、亡太郎を収容してから一五分後の翌一七日午前〇時五分頃、まず第一回目の巡回監視を行ったところ、亡太郎は、ズボンは着用していたものの、半そでシャツは室内の東南隅に脱ぎ捨て、白色の下着のシャツを着た状態で、室内中央付近で身体を東西にし、顔を北に向けて横臥していた。続いて同日午前〇時二〇分頃、第二回目の巡回監視をしたが、亡太郎の様子は第一回目と同様であった。更に同日午前〇時三五分頃、第三回目の巡回監視をしたところ、亡太郎は、ズボンは着用していたが、右下着のシャツを脱いて上半身は裸のまま、頭を北に向け、仰向けの状態で大の字となり、室内中央部からやや西寄りで寝ていた。なお、下着のシャツは、同人の東側(便器の南側)に脱ぎ捨てられていたが、当時は九月中旬の暑い夜であったので、平山巡査部長としては、右シャツを脱いでいることに格別異常は感じなかった(平山巡査部長が右のとおり巡回監視していたこと自体は、当事者間に争いがない。)。

7  本件事故の発生

同日午前〇時四五分頃、前記山本警部が当日の当直責任者として留置場の巡回に来場し、平山巡査部長をしたがえてまず留置室を巡視した後、同日午前〇時五〇分頃、保護室に赴いた。しかるところ、二号保護室内の亡太郎は、身体の位置は前回とほぼ同様ながら、首に白い布様のものを巻き付け、うつ伏せになって、両腕を頭の横で折り曲げている状態であり、しかも、脱ぎ捨てられていた下着のシャツが見あたらなかった。この様子を見た平山巡査部長は、下着のシャツを首に巻いているものと判断し、急いで保護室内に入り、首に巻き付けられていたシャツを取りはずそうとしたが、強く締まっていたのでシャツと首との間に指を差し入れることができず、そのため、身体の上にまたがり、首の両側から手を差し入れてシャツの端を探してようやく取りはずした。そして、顔をのぞき込んだところ、ぐったりとなっていたので、山本警部に「課長、いかん」と告げるとともに、直ちに亡太郎の背部から人工呼吸を施した。

右異常の発生を知った山本警部は、亡太郎を一刻も早く病院に救護する必要があると考え、看守勤務の交替要員として仮眠室で休息中の巡査山下孝正、同堀川研三を起こすとともに、電話で前記上田警部補に右異常の発生を告げ、担架の準備を命じた。

まもなく、右山下巡査らが保護室へ入り、亡太郎の脈はくを調べたが止まっていたので、平山巡査部長が心臓マッサージを始めたところ、上田警部補らがかけつけ、亡太郎の様子を確認したが、同人の顔面は血色がなく脈はくも止まっていた。この間に担架が到着したので、山本警部の指示により約七〇メートル離れた近森病院に収容した。その時刻は、午前一時五分頃であった。

近森病院の当直医師田村精平は、亡太郎に対しそ生の処置を講じたが、その効なく午前一時一五分頃死亡を確認して処置を打ち切った。なお、同人の死亡推定時間は午前〇時五〇分とされた。

四  亡太郎の死の態様

前記二の事実に、《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

亡太郎の死体は、その後司法解剖に付されたが、その結果、死因は頸部圧迫による窒息であり、成傷用具の種類及び用法については、幅が広くて軟らかい物体により頸部が絞やくされたものと推定された。そして、死体の血中アルコール濃度は一・三七ミリグラムパーミリリットルであった。

ところで、亡太郎は、昭和五一年一月末脳内出血が生じ、同年二月一三日高知県立中央病院で開頭手術を受けた結果、一命をとりとめたものの、運動性失語症、同側性半盲等の後遺症が残った。そして、昭和五三年九月頃から、てんかんの一種としての意識障害が時々出現するようになり、昭和五四年五月以降、断続的に右中央病院に通院して抗けいれん剤の投薬治療を受けていた。一般に、てんかんのような意識障害に陥った場合、突発的に自殺に走ることもないではなく、飲酒すれば意識障害が生じやすくなるといわれている。

法医学の成果によれば、自殺のなかに自絞死の形態があり、しかも、一般に考えるほどまれではなく、索状物が弛緩しなければ可能とされており、亡太郎の首に巻きつけられていたシャツは、自絞死の用具としての機能をそなえている。

以上の事実が認められるのでこれに前記三の認定事実を総合すれば、亡太郎は、二号保護室内で突発的に下着のシャツを首に巻きつけて自らが絞やくして死亡するに至ったもので、自絞死と推認することができる。

なお、《証拠省略》によれば、亡太郎の死体には、左頭頂部、右頭頂後部、右頬部外側上部、左鎖骨周辺、右背部下外側部のほか両上下肢にわたって米粒大からたまご大までの皮内出血又は皮下出血の痕跡が数多くあったことが認められるけれども、これらの創傷は、いずれも単独又はこれらを総合しても直接間接の死因となるものではないことが認められる。

五  国家賠償法一条一項の責任

1  平山巡査部長が、警職法三条一項一号に基づく保護という公権力の行使として、保護室に収容された亡太郎に対する巡回監視にあたっていた際、同人の死亡という結果が発生したことは、当事者間に争いがない。

2  原告らは、まず、平山巡査部長は、亡太郎を保護した後わずか一時間も経過しないうちに警職法三条一項一号の保護目的に反する結果を惹起せしめたこと等を理由として、同巡査部長には、亡太郎に対し保護を尽さなかった過失があったものと一応推定すべきである旨主張するけれども、右主張のような事情から右過失があったと一応推定すべきとする実定上及び実質上の理由は見出し難いので、右主張は採用することはできない。

3  次に原告らは、亡太郎を保護室に収容後、平山巡査部長は、被保護者を常時監視するか、最悪の場合でも死の結果を回避しうる間隔で、すなわち約四分ごとに巡回監視する義務があったのに、これを怠った過失がある旨主張する。

なるほど警職法三条一項一号の保護は、被保護者本人又は他人の生命、身体又は財産を保護するために強制力を行使して保護するものであるから、これにあたる警察官としては、右保護目的を達成するため、有効適切な措置をとるべき注意義務を負っていることは原告ら主張のとおりである。そして、この義務を更に具体的に明確にしたのが保護規程一一条であり、同条には「警察官は、保護に当たっては、被保護者が負傷、自殺、火災その他自己もしくは他人の生命、身体または財産に危害を及ぼす事故を起こさないように注意しなければならない。」と定められている。したがって、前記の保護にあたる警察官としては、常に保護規程一一条を念頭において被保護者に対処すべきであることはいうまでもない。

しかしながら、以下に述べるとおり、右の義務があるからといって直ちに、保護室に収容された被保護者に対する常時監視義務又はこれに準ずる程度の巡回監視義務が生ずるものとはいえない。

原告らは、右の常時監視義務又はこれに準ずる程度の巡回監視義務が生ずる実質的な理由として、被保護者が保護室に収容されても、被保護者自身の生命又は身体に対する危害のおそれは消滅せず、監視にあたる警察官としては、泥酔者であれば自殺その他の自傷行為に出るおそれは常にあるものと考えて対処すべきである旨主張するけれども、泥酔者を保護室に収容する方法で保護するにあたっては、厳重な所持品検査が実施されて危険な所持品が取り上げられ、かつ、保護室内の安全性が保持されていれば、後記のような特段の事情がない限り、泥酔者といえども、自殺その他の自傷行為に出るおそれ、ことに自殺のおそれは稀有に属するといわざるを得ない。このことは、次のような過去の統計からも十分首肯できるところである。すなわち、《証拠省略》によれば、昭和五一年から昭和五五年までの五年間における高知県下の各警察署で保護された泥酔者(酒に酔って公衆に迷惑をかける行為の防止等に関する法律三条一項による酩酊者を含む。)の累計は六四一九名に達するが、このうち自殺を企てた者は本件の亡太郎のみであり、また、同期間内の全国のそれの累計は六五万七三八一名であるが、自殺を企てた者は、亡太郎を含めてわずか三名にすぎないこと(もっとも、他の都道府県における被保護者に対する監視の実情は証拠上明確でない。)が認められる。ところで、前記認定事実によれば、本件においては、亡太郎を保護室に収容する前に二度にわたって所持品検査が実施され、保護室には着衣以外は何も持ち込まれておらず、また、保護室内の構造等の状況も、格別自殺等に使用される危険なものではなくその安全性に欠けるところはないことが認められる。したがって右のような状況のもとで保護室に収容された以上、被保護者たる泥酔者において自殺その他の自傷行為に出るおそれが常にあるとはいい難いから、自殺その他自傷行為に出るおそれが常にあることを前提として、被保護者に対し常時監視義務又はこれに準ずる程度の巡回監視義務があるものとは到底認められない。

そこで、特段の事情の有無について検討する。本件のように保護室に収容する方法によって泥酔者の保護にあたる警察官としては、(一)保護室に収容するまでに判明している被保護者の言動その他の事情から合理的に判断して被保護者に自殺その他自傷行為に出るおそれのある徴候が認められる場合、(二)保護室内で被保護者が金網や壁等に体当りをするなど乱暴な行動をしておって、自傷等のおそれがある場合、(三)保護室内において被保護者に自殺等の行為に出るおそれのある異常な行動が窺われる場合、(四)右(一)ないし(三)以外の事情等から被保護者が自殺その他自傷行為に出るおそれのある人物であることを知り又は知り得る状況にあった場合等の特段の事情があるときは、被保護者を常時監視するか又はこれに準ずる程度の巡回監視をする義務が生ずることはいうまでもない。

これを本件についてみるに、前記認定事実によれば、亡太郎が高知署に来てから保護室に収容されるまでの間における同人の言動等を仔細に検討してみても、その言動は泥酔者によく見られるような通常の振る舞いであって、特に前記(一)の事情があったものとは認められないし、また、保護室に収容されて後、亡太郎は当初大声でわめき、ドア付近を押したり、蹴ったりしているけれども、これも一〇分くらいで収まり、その後は落ち着いていたのであって、その後前記(二)のような事情が続いていたものとは認められない。次に、前記認定事実によれば、平山巡査部長は、第一回目の巡視の時に亡太郎が半そでシャツを脱ぎ捨てて横臥し、第三回目の巡視の時は第二回目の巡視時には着用していた下着のシャツを同人の東側に脱ぎ捨てて上半身裸で寝ているのを見ているけれども、当時は九月中旬の暑い夜であって、しかも亡太郎が酒に酔っていたことなどに鑑みると、右行動が格別不自然ではなく、自殺その他自傷行為を危惧すべき事情にあたるとはいえず、前記(三)の事情にあたるとは到底いい難い。更に、前記認定事実によれば、亡太郎は、脳内出血の後遺症が残り、併せててんかんの一種としての意識障害が生ずることがあり、このような者が飲酒すれば意識障害が発生しやすくなり、そのような意識障害に陥った場合には発作的に自殺に走る可能性もないではないといわれている(もっとも、原告甲野花子本人尋問の結果によれば、同原告の知る限り、亡太郎が自殺を企図したことはなかったことが認められる。)ことが認められるけれども、平山巡査部長が右の事情を知り又はこれを予見することが可能であったことについてこれを認めるに足りる証拠は何もないから、前記(四)の事情があったとは認められない。このように、本件においては前記のような特段の事情があったものとは認められない。

以上のとおりであって、平山巡査部長に原告ら主張の常時監視義務又はこれに準ずる程度の巡回監視義務があったものとは認められない。他に、原告ら主張の右各義務の存在を認めるに足りる証拠はない。そうすると、右各義務の存在を前提とする原告らの国家賠償法一条一項の請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

六  国家賠償法二条一項の責任

1  本件保護室が、警職法三条一項一号に基づく保護等の公の目的に供用される物的設備であって、国家賠償法二条一項の「公の営造物」に該当することは、当事者間に争いがない。

2  原告らは、まず、亡太郎は「公の営造物」たる保護室内において死亡したものであるから、このことから直ちに、保護室の設置又は管理に瑕疵があったものと推定すべきである旨主張するけれども、右の事実から直ちに保護室の設置又は管理に瑕疵があったと推定すべき事定上及び実質上の理由は見出し難いので、右主張は採用できない。

3  次に原告らは、警職法三条一項一号の保護目的を達成するために保護室が通常有すべき安全性としては、保護室内での被保護者の動静が十分に監視できて、被保護者の不審な挙動を速やかに発見、制止できる形状でなければならないが、高知署の保護室は看守者席から見通せない構造となっており、その欠陥を補うためモニターテレビの装置が設置され、保護室天井のテレビカメラを通じて看守者席のテレビ受像機に保護室内の様子が映し出される仕組みになっていたところ、本件事故当時は、テレビ受像機が故障のため修理中であってモニターテレビが全く機能していなかったのであるから、保護室としての安全性を欠いていた旨主張する。

営造物の設置又は管理の瑕疵は、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいうのであるが、このことは、営造物が、事故当時、事故との関連で通常予想することができる危険に対して安全性を備えていれば足り、あらゆる危険に対し完全無欠な安全性を備えることまでの必要がない、ということである。これを警職法三条一項一号の保護に供用する保護室についてみるに、前記五・3で述べたように、保護室の収容に際して厳重な所持品検査が行われ、かつ、保護室内の安全性が保持されていれば、特段の事情がない限り、泥酔者といえども、自殺その他の自傷行為に出るおそれ、ことに自殺のおそれは稀有に属するものといわざるを得ないのである。したがって、右特段の事情が認められるときに、被保護者に対する常時監視又はこれに準ずる程度の巡回監視をなし得る職務体制が整備されている限り、保護目的達成のためには、看守勤務の警察官に被保護者に対する常時監視義務又はこれに準ずる程度の巡回監視義務が課されないのと同様、保護室の性状についても、看守者席から見通せる構造であることまで必要ないものと解するのが相当である。しかして、前記四の認定事実に《証拠省略》を総合すれば、高知署においては、保護室を含めた留置場全体を監視するために専従の看守が常置されており、しかも、異常事態が生じたときには、他の係から直ちに応援を得ることも可能な状況にあったことが認められ、本件保護室については、右特段の事情が認められる場合に対応し得る職務体制が整備されていたものといえるから、前記認定のとおり看守者席から見通せない構造となっている本件保護室について、その構造のゆえに保護室としての安全性を欠いているとは認め難い。そうである以上、本件保護室について、看守者席からテレビ受像機を通して保護室内の様子を見ることのできるモニターテレビの装置が仮に存在してなくても、あるいは、設置されたモニターテレビの装置が故障のため機能していなかったとしても、それゆえに保護室の設置又は管理に瑕疵があったとは認められないのである。

《証拠省略》によれば、高知県下のいずれの警察署においても、看守者席から見通しのきかない保護室が多数存在すること、昭和五五年の時点において、保護室用にモニターテレビが設置されていたのは高知署(昭和五〇年春頃に設置)のみであったこと、このような状況下で、前記のとおり昭和五一年から昭和五五年までの間に高知県下で泥酔者として保護された者の累計は六四一九名であったが、このうち自殺を企てた者は亡太郎のみであり、そのほか保護室内で格別の事故は発生していないことが認められるが、このような事実は、まさに、看守者席から保護室が見通せないことや、モニターテレビの装置を欠いていることが、保護目的の達成にとって障害になっていないことを物語っている。また、《証拠省略》によれば、高知署にモニターテレビが設置された本来の目的は、例えば刑事事件多発の際に留置人(被疑者)が次々と入室してきたために、保護室に対する定時の巡回監視が一時的に行き届かないような場合に、定時の巡回監視に代わるものとしてモニターテレビを利用したり、あるいは、被保護者につき前記のような特段の事情が認められるようなときに(なお、亡太郎について、このような特段の事情が認められないことは前記認定のとおりである。)、定時の巡回監視に加えてこれを補強するためにモニターテレビを利用したりすることにあるのであって、要するにモニターテレビは、看守勤務の警察官の巡回監視の補助的手段としての性格をもつものにすぎず、常時又はこれに準ずる程度に保護室内を見るために設置されたものではないことが認められる。

以上のとおりであるから、本件保護室が看守者席から見通せない構造となっていること、あるいは、本件保護室につき設置されていたモニターテレビが故障のため機能していなかったことをもって、保護室の設置又は管理に瑕疵があったと認めることはできないので、原告らの国家賠償法二条一項の請求はその余の点について判断するまでもなく失当である。

七  結論

よって、原告らの請求は、いずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山口茂一 裁判官 坂井満 大谷辰雄)

〈以下省略〉

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